奄民学 取材第一弾 ゲスト日刊紙南海日日新聞 松井輝美さんです
題して「山中順子の異話響談」
(異なる世界の人々の話を、共鳴し合うという意味の造語)
今回の「響談」のお相手は・・・・
奄美大島の日刊紙南海日日新聞にお勤めの松井輝美さんです。
1950年、熊本県荒尾市生まれ。
奄美大島に住まわれて30年余の松井さんと「私の奄美」というテーマで、
お話をさせていただきました。
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山中 松井さんは島巡りの果てに奄美にたどり着いたようですね。★
松井 「たどり着いた」という表現がいいですね。その通りです。
「会社ではなく島に 就職したい」と
学生時代に、日本の北から南まで、外海離島を漂っていました。
その中で、僕の中の野生が「響鳴」し、文字通りたどり着いたの
が奄美大島でした。
呼ばれた、伝わった、と言う感触でしたね。
山中 実は、私は自分自身の居場所(故郷)は自分で探すものだと感じていたので、国内外問わず、時間が
あれば旅をしておりました。シマとであったのは7年前になります。
会社に奄美のスタッフが就職したのがきっかけで、奄美大島が鹿児島県だと言うことを知りました。(笑い)
当時、タレント養成所を横浜で経営しておりまして、モデルの写真 集の撮影を期に奄美大島ロケをした
のがきっかけです。
現在は制作プロダクションとしてキャスティング、企画制作や撮影の仕事がメインですが、私の仕事は
初めにロケハンという現地調査をするのが基本なので、スタッフと先に奄美に入りました。
そのとき立った砂浜で「ココに来るべきだった」 と、
海の向こうから吹く穏やかな風に知らされました。
解りやすくいうと、血が騒いだんですね。
ところで、なぜ松井さんは「外海離島の奄美」
なんでしょうね。
本文は次に続く~
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