奄美群島 百歳「世紀を超えたメーセージ」
「花ならば匂ひ 枝ぶりやいらぬ なりふりやいらぬ 人(ちゅ)や心」
花は姿かたちよりも匂いが尊ばれて美しい、人間も同じ、容姿よりも心が美しいのが尊いと教えてくれました。
強い意志を秘めたうなりがみ(姉妹の海の神)ような優しい女性のハルちゃん。
加計呂麻島 諸鈍
珊瑚層を通り抜けた奄美の海の底から水が湧き出で山や森林によって命水は育まれる。
サンサンと降り注ぐ太陽と、栄養をいっぱいに含んだ水で島のさとうきびを育て、あんま達は黒糖を作る生活をおくって暮らしてきた。
奄美の長い歴史は「さとうきび」で暮らしてきたのです。
明治維新の財源になっているという歴史背景を持ち、何百年も奄美の人々はこの繰り返しの中で生まれ育ったのです。
「大島紬の機織りで暮らしを支え、さとうきびを圧搾し黒糖作りに、薪を割るのが大変で、加計呂麻島伝統のきび酢つくりで家庭を支えるのが大変だった」と話してくれました。
今では、加計呂麻島に3件の製糖工場が残っているだけです。
奄美に導かれ旅を重ね、人・命・食・自然に興味を持ち研究を始め、奄美大島の最南端にある島、瀬戸内、加計呂麻島のさとうきびの素晴らしさに気が付き「幻のきび酢」を紐解いてゆくと、加計呂麻島の製糖さとうきび工場を支えてきた上田ハルさんに繋がる事をつい最近知らされました。
出会いの縁とは不思議ですね、こんなにも偶然で必然なのだと思い知らされます、私にとって奄美とは強くて深いものなのだと驚かされるばかりです。_
ハルさんに初めてお会いしたのは101歳の時
「耳と目が悪いし寝たきりだから動けないし会っても無理よ」と、家族の方に言われましたが、直接尋ねてみることにした。取材や写真を撮ることが目的では無い。
一番大切に思っている事は、お会いしに行くこと。
奄美の浜に始めて立った時からこうなることは感じていた。
全ては光が導いているのです、生き神様に会いに行く、そして命の水の最後の一滴を、お互いの心と体で感じあう事。(無宗教な私ですが・・・)
本当に大切なことは、肌で触れ合う時間 一緒に過ごす、揺らぎの時間です。・・・。
「あんま~遊びに来ましたよ~」
大きな声で、障子に手をかけた。 あんま=奄美の方言でおばーちゃんという意味です。
布団は敷かれたまま、あたりは真っ暗で光が差し込む隙間すらなく、新聞紙が散らばり、モワッとした匂いの部屋、イヤな匂いがしていた。
ただ、あんまの瞳は、暗がりの中からでも輝いて見えるほどだった。
「とにかく外に出してあげたい、太陽にあたって、風にあたらないと、具合が悪くなる・・・・・
とにかく光に当てなくては・・・・」
布団の上に座っているあんまの手が伸び、私にて招くしている。
中に入っておいでと、私を呼んでくれたのです。
「あんま、こんにちは今日は一緒に遊ぼうと思って、横浜からきましたよ。
お外に出て、唄あそびに、手おどりなんかして、あそぼーね・・・」
ハルさんはニコニコしてうなずいたんです。
お部屋から廊下までは一緒に赤ちゃん歩きしながらでて、私に捕まりながら玄関に立ち、見つめあいながら裏庭に出てきてくれたのです。
きっと昔はこの庭の手入れをしたり、近所の人と一緒にお茶を飲んだりしていたのでしょうね、一緒に島唄(ソテツの花、島育ち、いきゅんにゃ加那)を歌い、手を繫ぎながら、手踊りをして縁側で遊びました。
「今度は旦那さんを連れてきなさいよ~」とハルさんは声をかけてくれました。
お医者さんが来ても外に出なかったハルさんがなぜ外に出てきてくれたのでしょうか?
意思疎通が出来ているのは気のせいなのか?目を見ればわかる。気のせいではない。
病気って?どこからが病気なのか?私と遊んでいるハルさんは病気には見えない。
来年お会いできたら、私の事を覚えているのだろうか、この出会いが偶然出ない事を感じている。
102歳になったハルさんに会いに・・・2回目の出会い
家族の方に「もう1年も前のことだし、覚えていないわよ、あれから外に出てくるようにはなったけど、耳は聞こえないしね、ほとんど見えていないようだから、解らないと思うよ・・・・」またしても言われてしまいました。
昨年撮った写真を持ち、ハルさんに会いという焦る気持ちを押さえて、居間に座っていたあんまにそーっと声をかけてみた。
昨年の目の輝きは今も健在だった。
私の目とあんまの目はひとつに繋がっていると実感できる、この再会は久しぶりの親友に会う思いに似ています。
瞬きもせずに、私の顔をぐちゃぐちゃになでながら 「よく来たね~」と何度何度もうなずきながら、確かめているようで、犬や猫を可愛がるように喜んでくれている。
昨年撮影した写真をプレゼントし、「あんまはきょらむんだね・・・」って言ったら、すごく恥ずかしそうに笑っている。彼女は恥じらいを持った、美しい女性です。
そのときもしっかりと私の手を握り合っています。
「今度は旦那さんは連れてきたか?」と言い、目を離さずハルさんは私に話しかけてくれました。
後ろにいるお嫁さんや、前回一緒に同行してくれた方々、友人のカメラマンがその様子を撮影してくれている。この出会いは、偶然の出会いではないことが、その場にいた人には伝わっているだろう。
文章から感じ取れるかどうかが不安な要素ではあるけれど、確かにハルさんと私は親友としてしっかり再会している。
「貴方の事だけはなぜか覚えているのねー、何がそうさせるのか解らないけど、楽しそうだね、ばーちゃんは・・・・」と家族の方は不思議な様子だか、同時に驚き喜んでくれてもいる。
ハルさんとの出会は心が震え体の先まで血液が「じわっと」沁みわたる思いがしました。
いつもでも島の方言で命の言葉をたくさん話してくださいました。
島らしく生きた女性であり、生き神様に出会えた運命的瞬間です。
2006昨年1月31日、ハルさんは103歳になる3日前に他界されましたが、今もあんま
(おばーちゃん)の魂は私の心の中に色褪せずに笑顔で生きていらっしゃいます。
奄美百歳写真を撮り続けてきて、不安なこともたくさんある。
初めて行く土地や初めて会う人、みんなが望んでいるわけではないだろうとか、怪しい人だと思われていないかとか・・・・色々な思いがよぎるときもある。いつも元気な私のはずが、そうでもない日がある。
そんな時は、いつでもハルさんとの出会いや偶然のような奇跡がたくさん起こっている事を、自分に言い聞かせるのです。太陽の光りをあてたい。触れ合いたい。奄美を支えてきた生き神様の方々に敬老の祝を伝え、この土地で私が支えられている恩返しをしてゆくわけで・・・・
今もあちらこちらのお宅や老人ホームを訪ねています。
今日と言う日が迎えられ、たくさんの心ある人たちに出会えたのも、ハルさんや奇跡を起こす人々に出逢えた繋がりのお陰様だと、感じています。
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