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2008年10月

2008年10月 4日 (土)

悲恋のシマ唄 「カンツメ節」 カンツメ物語

生命(マブライ)ヌチドゥタカラの最終日の演目

奄美~舞音語~物語

マイネガタリ

「悲恋のシマ唄  カンツメ物語」

読み手・・・・・・・小川ちひろ

三線・・・・・・・・屋宮 秀美

叙述・・・・・・・・山中 順子Dsc_0094blue01

あかす世や暮れて 

汝きゃ夜や明けり 

果報のせつぬありば

また見きょそ

意味

二人で明かす夜が暮れてあなたとの夜は明けていきます。
良い時がめぐって来るならば、
また、お逢いいたしましょう。

カンツメは奴隷同様に働く家人(ヤンチュ)。主人は働き者で美しいカンツメを密かに想っていたが、隣村の役人の岩加那という三味線の上手な青年と唄の上手なカンツメは恋に落ちた。嫉妬に狂った主人に酷く惨い仕打ちを受けたカンツメは逢瀬を重ねた佐念山の砂糖小屋で首を くくって自害。その後この一族は滅んでしまったと言われている。かんつめが生前よく歌っていた「草薙ぎ節」がもとになり、いつしか「かんつめ節」になったという。

奄美のシマ唄にはカンツメ物語のような悲しいお話、実在する人物のお話がたくさん残って現在も親から子へと伝承されています。

マイネガタリは現代風の歌い上げ見せるシマ唄ではなく、シマ唄が本来持っている即興性や語り継がれていく様であったり、唄の背景にある人物に焦点を絞り、人物の物語から生まれた唄と響きを音や語り、時には舞い、映像、写真を加え立体的にシマ唄を表現する創造の世界です。

昔、奄美のシマウタには三味線がありませんでした。

互いに掛け合い歌いあい、語り合うのが本来のシマウタです。

蛇味線は音(ね)は弾くのではなく、声の根の音。

話すのではなく、ことばを掛けあい、男女が心を紡ぎあう

生命(いのち)の唄がけなのです。

踊るのではなく自然と繋がるのです。

迎え・・・、見送る・・・。

これが奄美の世界観です・・・。

全身でお感じになってください。

カンツメ物語は、今から200年ほど前に、奄美の深い森と海に覆われた小さな集落、名柄で実際にあったお話です。

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生命(マブライ) ヌチ ドゥ タカラ 2ヶ月間の山中順子展

2008年8月31日最終日

生命(マブライ) ヌチ ドゥ タカラ(命こそ宝)

 生命(いのち)を生きぬいてきた食糧難時代、群島奄美のシマの宇宙にはシマ唄、踊り、食、祭り、暮らし、自然それら全てに内に秘めた深い眼差しが潜んでいる。最終日は、明日に繋がる新たな一日。生命がそよぐ暖かくふくよかな時間にしたいと想って前日から用意をしました。

 第3話は「ヌチ、100歳」空間の演出と島々の100歳の方々のモノクロ写真、空間には聖地の土俵、グンギン、イビガナシ(航海安全など祈願する石の聖地)、青い月の時空間、珊瑚の浜等。いらして下さった方々一人づつに手渡しで心の山盛りの食「ありがとう」を盛り付け、手つくりの「おもてなし」です。Dsc_2575

豚飯(とんはん)、なり(そてつ)味噌、がじゃ豆(黒糖の豆)、カシャ餅(サネンの葉でくるまれた蓬餅)

サネンの葉(月桃)にのせてお出ししました。私の書いた「月の銀河」の絵を添えて・・・。

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青い月の闇の字空間

シマのあんま(おばーちゃん)やじーちゃん達が写真を抜けてでて、暖かい眼差しで「ふっと」こちらを覗いています。

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入り口に配置したガジュマルの洞窟の入り口は魔除けのヒンプンでもあり、生と死を円環する宇宙のトゥールを表現し別世界の入り口に創造しました。奄美の草の匂い、珊瑚のカミミチを抜け、アダンのハマジョ口を抜け聖なる空間が漂います。奄美に関するシャーマニズムや歴史に触れられる文献、島尾ミホさんや島尾敏雄さん著書、吉増剛三さんの詩集など・・・。観る聴くではなく、空間に身を置く、触れる、肌で感じる学びも添えました。

Photo_6 何も無い時代、その時代にはたくさんの想像と創造からいのち(野生)が生まれた。一つとして同じものが無く、金太郎飴のような量産形ではなく、全てオリジナル。その人でなければその味にはならない一つだけのもの、その人らしさが漂っている時間が、何もない時代にたくさんあったように思う。島々の古老に尋ねてみる。「昔と今はどちらが良いですか?」今は何でもあるけれど、昔が良かったね、何も無かったけれど楽しかった」と、話す。奄美の支配されてきた歴史はとても複雑です。食においては毒性のあるソテツのおかゆと芋しかない時代が戦後の後も続いていた。それなのに、日本一の長寿を現在も誇っている暮らしがシマ(集落)には息づいている。暮らし、自然、考え方、旧暦の祭りなど、その全てが繋がっているように感じる。土や天空とも生命が繋がっている。死は土に返ること、魂や肉体は風や雲、水になり神になる。自然崇拝の奄美のリズムがとても心地よい。私は還りたいと想う地をこの場所に見つけた。そういう想いで懐かしさや島々の潜みを撮り続けているのかもしれません。

応援して下さった皆様、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。

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